弊所顧問楊合義教授のご逝去を悼み謹んで哀悼の意を表します。生前のご厚誼に深く感謝申し上げますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。
当所顧問の楊合義教授が2026年8月19日にご逝去されたとの報に接し、深い悲しみに耐えません。
楊教授は、その生涯の大半を台湾と日本間における教育、経済、外交及び文化交流に捧げられ、消えることのない足跡を残し、今日の緊密な台日友好関係の発展に多大なる貢献をされました。
楊教授は台湾の国立師範大学を卒業後、台湾と日本にまだ国交があった1969年(昭和44年)に、日本文部省の奨学金を得て京都大学に留学し、1977年に東洋史研究科博士課程を修了されました。その後、国立政治大学国際関係研究センターの研究員を経て、1980年には特派員として東京に赴任され、学術誌『問題と研究』日本語版の編集長を兼任されました。ご退職後は、日本の平成国際大学法学部の教授及び名誉教授を務められました。
楊教授の長年にわたる台日関係へのご尽力は、民間外交の観点からも大変意義深いものでありました。政治大学国際関係研究センターの東京特派員として、台湾と日本の間に正式な国交がない状況下においても、学術や文化交流(具体的には、日華「大陸問題」研究会議の再開への調整、学術誌『問題と研究』の日本学会への普及、多くの台日学術シンポジウム及び政策交流の実現、「アジア・オープン・フォーラム」の開催支援、「日台関係研究会」の推進等)を通じて、台日間の相互理解、対話、協力関係を繋ぎ続けて来られました。また、日本の学界において台湾の視点を反映し、理解・受容される台湾研究を推進し、台湾に関する諸課題が周縁化されることを防ぎ、日本の学界が台湾と両岸(台湾・中国)関係について理解を深めるための協力を行い、日本の研究者と共に台湾研究の学術的系統及び舞台を築き上げて来られました。歴史的証言という側面からは、楊教授は著書『日台を繋いだ台湾人学者の半生ー楊合義回顧録』の中で、台湾と日本に跨る学術外交の生涯を記録しておられます。その内容は、二二八事件、日本への留学経験、台日学術交流の歩みにまで及び、戦後の台日関係を研究する上で非常に重要な資料と位置づけられています。教育への影響という観点からは、楊教授は平成国際大学において台湾研究を推進し、日本の学生を率いて訪台し研修を実施し、台湾の大学との間に交換留学の機会を設けるなどして、相互理解の深化に寄与されました。
当所は先生の無私なる奉仕、台日、学会、そして後進への多大なる貢献に対し、深く感謝の意を表します。先生の精神とご功績は、これからも永く後に続く世代を啓発し続けることと思われます。先生は永眠されましたが、その面影と志は、私たちの心の中に生き続け、その精神を次世代に受け継いでいくことこそが、先生を偲ぶ上で最もふさわしい方法であると確信しております。
2026年8月27日
台湾通商法律事務所 所員一同
